ブダペスト ハンガリー 地図


第二次世界大戦では失地回復のため、およびナチス・ドイツからの圧迫を受けて枢軸国に加わったことで、戦後は、ハンガリーの全土はソビエト連邦に占領されました。共産化が推進され1949年にハンガリー人民共和国が成立し、冷戦体制の中では東側の共産圏に属しましたがソビエト連邦に対する反発も根強く、1956年にはハンガリー動乱が起こりましたが、ソビエト連邦軍に鎮圧されます。1980年代後半になると、ソビエト連邦のペレストロイカとともに、共産党独裁の限界を迎え、1989年5月に、ハンガリーは西側のオーストリアとの国境に設けられていた鉄条網「鉄のカーテン」を撤去し、国境を開放しました。 この措置により西ドイツへの亡命を求める東ドイツ市民がハンガリーに殺到、汎ヨーロッパ・ピクニックを引き起こし、冷戦を終結させる大きな力をハンガリーが与えました。

ブダペスト Budapest の地図

ハンガリーの人口は約995万人。首都ブダペストは人口約175万人。首都圏への集中傾向が見られます。
「ブダペスト」として一つの市でドナウ川の両岸を占めるようになったのが、1873年西岸のブダとオーブダ、東岸のペストが合併してからです。第二次大戦時には両岸を挟んで銃撃戦も行われ現在でもわずかですが戦災による被害も見ることができます。
ブダペストを修飾する形容詞には「ドナウの真珠」が筆頭にくると思われます。 ドナウ河は、中欧地域諸国の首都を流れている場合が多いのですが(ウィーン、ブラティスラバ、ブダペスト、ベオグラード)、ドナウ河と対で人工的な都市と融合した雄大な景観を見ることができるのは、ブダペストが一番です。
街を周遊する場合には、ブダ地区の2つの丘(王宮の丘、ゲレルトの丘)が目印となっています。 市内案内地図を参照すると、観光ポイントはそれぞれかなり離れた場所に散在しているため、徒歩で廻ることは、ほぼ不可能です。 市内では、公共交通機関がよく整備されており、ヨーロッパ大陸で1番に開通した地下鉄1号線や、トロリーバス、トラム、ケーブルカーなど様々な移動手段が選択できます。