関ケ原 合戦図(開戦時点の地図)

慶長5年(1600年)9月15日

午前8時から約7時間という短時間で決着がついた、日本で最大規模の野戦。
下記の地図は、開戦時における配置図で、9月15日の早朝6時ごろに配陣が確定したとされています。
開戦当日に至るまでの移動地図や、また合戦後の経緯については別地図で表示を予定しています。
マーカーは、総勢8万の西軍(内部に「ブルー」があるマーカーは、最終的に東軍に加担した勢力:寝返り   内部に「白」があるマーカーは基本的に戦闘に参加しなかった部隊です)
総勢10万といわれた東軍に分けられています。

配陣の場所は諸説あり、上記の地図は、その諸説から適切なものを配置したものです。
地図の高低(地形)図をみて明らかなように、万単位の人数が行き交うには、不都合なほど狭い地形の中で戦いは展開されました。
当然のことながら、戦術面において意図された交戦地であったわけです。
前日までの移動経路においても、また別地図の掲載を計画中です。