マルタ共和国 地図
マルタの位置する場所は、アフリカ大陸チュニジア首都チュニスよりも南に位置している無人島を含めて5つの島からなっている。海上交通の要衝の位置にあることと、侵略されやすい大きさの土地柄、有史以来、長らく近隣列強諸国による支配を受けてきました。最後の宗主国はイギリスで1974年までマルタは168年間英国の統治下にありました。 現在のマルタの街の形成は、オスマントルコに地中海東域のロドス島を追われたマルタ騎士団が、オスマントルコの追撃を防御する南ヨーロッパの盾となるために、城砦機能を併せ持った街として再構築されたことによります。 オスマントルコの来襲は1565年の大包囲戦の一度で終了しましたが、防御陣地の構築はすすめられたました。その後18-19世紀のフランス・ナポレオンの侵攻、大英帝国の支配、その後第二次大戦では、英国の最前線として枢軸国のイタリア・ドイツの空爆と小さな島ながら数々の歴戦の舞台となってきました。
現在は、その歴史も観光遺産として再利用が行われ、騎士のパレードである「イン・ガーディア」とフランス侵略とマルタの抵抗の再現である「アラーム」はマルタの歴史的観光イベントとなっています。 悲劇の舞台としてその姿をとどめるセントエルモ砦(ヴァレッタ市)で定期的に開催されます。騎士たちの隊列や号砲の迫力、そして「アラーム」ではナポレオン軍の上陸とマルタ軍との会戦の様を再現している臨場感あふれる催しとして見逃せません。インガーディアは毎月2~3回、アラームは月1回、開催されており、年間開催スケジュールが決められています。
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