大阪市中心部 標高図
大阪市の航空地図では、ビルや家屋が建て込んでいるため、高低差を感じることは少なく、ほぼ平坦地という印象がありますが、レーザ測量によるカラー陰影図を参照すると、高低差を確認できるとともに、どのように市街地が広がっていったのかを検証することも可能です。
大阪の地勢は、南から北にのびる上町台地と、その周囲をめぐる低地から成り立っています。何千年もの昔、この上町台地は深い原始林におおわれ、低地は波打ち寄せる入り江でした。長い年月の中で、入り江は潟となり、湖となり、湿地となり、その上に街づくりが行われ、現在の市街地へと移り変わりましたが、上町台地とその周囲に広がる低地という地勢は昔も今も変わっていません。
現在の市街地領域が出来上がる顕著な出来事となったのは、安土・桃山時代。 豊臣秀吉の大坂城築城に伴い、碁盤の目状に道路が整備され、建物の背中合わせのところに下水溝が掘られました。そして、この下水溝にはさまれた40間四方の区画が町割りの基本となっていました。この下水溝は「背割下水」または「太閤下水」と呼ばれています。 すなわち高台である上町台地の上の大坂城を築き、それまで湿地帯であった場所を新たな市街地として四方に広がってゆきました。
標高図をみてみると、上町台地の北の突端に大阪城があることが見て取れます。 標高図は、数値データを陰影段彩図に変換したもので、一番濃い紺色が、河川および大阪湾となり、紺色が淡くなっている部分が、標高が増している地点です。 そして黄色系の部分が、以前から水没していなかった台地(標高が高い地域)となっています。
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