デュッセルドルフ 地図(周辺地域も含む)

デュッセルドルフ

デュッセルドルフは、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都で人口が約60万人。
ノルトライン・ヴェストファーレン州は、ドイツの16ある連邦州のひとつで、州名は、ラインラント地方の北部(Nord, ノルト)とヴェストファーレン地方との合成名となります。州の西部が北ラインラント地方、東部がヴェストファーレン地方(英語名からウェストファリア地方とも呼ばれる)となっています。
州別の人口数は国内第1位で、人口密度も都市州を除くと総じて高く、古来からライン河を中心とする水運で栄えてきた地域でした。また近代以降ヨーロッパを代表する工業地帯であるルール地方は州の南西部に位置しています。
比較的地方に平均的に人口分散がみられるドイツの中では、50万人以上の人口規模も持つ大都市が集中する地域です。
ロンドンとパリに次いで、ヨーロッパで3番目に大きな日本人社会が存在します。 ホテル・ニッコーを中心とするインマーマン通りは、日本人のためのスーパーマーケットや書店、レストランなどが並ぶ、海外では非常に少ない「日本人街」さながらの様相を呈しています。
駅から歩いてすぐ、また空港も比較的近いので、ヨーロッパ滞在中、「日本食のような食品」を食べることに飽きてきたら、第一に訪問すべき場所です。

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デュッセルドルフ

ケルン

 ローマ時代から軍事上の拠点都市で、オーデコロンの発祥の地
ケルンはドイツ第4の大都市で人口は約100万人を超えています。
現在はライン川にかかる多数の橋が、左岸の歴史的なケルンと、右岸の工業地帯である郊外地域とを結んでいます。右岸地域では、商工業地域で数々の重要な見本市や展示会が開催され書く企業のオフイスも集中している地域です。地下鉄路線をはじめとする交通網も発達しており歴史的な街ながら100万人都市を維持しています。 地図に見られるように観光ポイントは左岸に集中していますが、大聖堂とライン川の景色を楽しむ場合は右岸に渡る必要があります。
紀元前 ローマ人が帝国の範囲をライン川まで拡大した後、帝国と盟約を結んだゲルマン民族が、ローマからライン左岸に移住する許可を得たことで新たな町の歴史が始まりました。 河川がローマ帝国と当時の蛮族とされていた領域の境界であったためゲルマン民族は、右岸に集中していたと考えられています。こうしてゲルマン人の町:オピドゥム・ウビオルムが誕生しました。紀元後50年、クラウディウス帝の3番目の妻でネロ帝の母アグリッピーナは、彼女の生地ケルンのためにローマ帝国の都市権を取り付け、これ以降ケルンは低部ゲルマニア州の総督所在地となりました。 ケルンの名称はこのコロニア(植民市)からきているといわれます。町は最初の興隆期を迎え、5世紀の民族大移動まで続きました。

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ケルン