ドイツの街道 地図

ライン川

 観光船への乗船
ライン川は、スイスアルプスに源を発しドイツ・フランスの国境を北に向かい、やがてオランダ国内へと入ったあと北海に注いでいる1.233キロのヨーロッパの大河川の一つです。
ライン河下りは、リューデスハイムからザンクト・ゴアルスハウゼンまでの区間(観光船で約1時間50分)で、河川の両脇に山が迫っている地域で、河川とその山が美しい景観地域を作り出しています。
古代から河川運航が盛んで、通行税収受ためにつくられた税関などの古城が残されています。 現在でも外国の船が自由に航行する国際河川の一つでも非常に多くの船が行き交っています。
ローレライの付近は、河川の幅が狭く、急流となりまた、川底に岩場があったことから、河川運航の難所とされた場所であることから「ローレライ」伝説の地とされています。

時間的に余裕と交通手段がある場合は、両岸の古城跡(Hotelとなっている施設もあります)や、記念碑、ローレライの山上展望所にも行くことが可能です。 観光船が運航されるのは基本的にオン・シーズンのみで4月から10月のはじめまでとなっています。

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ライン川

ロマンチック街道

現在では、街道を全部走破するよりも、街道内の都市を重点的に見学するというパターンが多いようです。
ロマンチック街道のルートを3D地図で表示しています。
ロマンティック街道は、ドイツのヴュルツブルクからフュッセンまでの約400kmの街道ルートで代表的な観光ルートのひとつです。 直線状に連なったドイツの観光名所を地図の上でつなげて、続けて観光するのに便利なように案内した順路の役割を果たしています。 ツアーの催行において街道の起点や終点が他の地域の都市となることも数多くあります。

ロマンティック街道は街道沿いに点在する中世都市(ローテンブルク、ディンケルスビュール)や美しい城(ノイシュヴァンシュタイン城)、宗教建築(ヴュルツブルクの司教館やヴィースの教会など)が点在しています。 地図には掲載していませんが、このルート上にある小さな街や村にも「ロマンチック街道」に含まれる地域は多数存在しています。
基本的に鉄道によるアクセスはほぼ不可能な街道ルートです。 移動には自転車、バス、マイカーなどを利用、町々を観光する時間を取りながら運転される定期観光バスも運行されています。

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ロマンチック街道

ヴュルツブルク:ロマンチック街道

ロマンチック街道の北の起点の都市で、フランクフルトから約120kmの距離(マイン川の上流)にあります。
中世期においては、ヴュルツブルクを支配していたのは、政治的権力も保持していた司教領主(高位の聖職者であり実際の領地を治める領主)でした。
このような場合、領地内にも内敵となる勢力が多く、身を護るための施設である城塞が必要とされ、そのために建設されたのがマリエンベルク要塞です。 この場合に内部の敵と定義されていたのは、他の領主、その他商業活動で経済力をつけた商人などで、自治権を求めて領主に対抗し、実際に度々内乱も発生していたため、司教領主は要塞から常に街を見張り、威圧しておく必要があったわけです。

その後の時代にヴュルツブルクでレジデンツが作られた頃(1720-1744年頃)になると、比較的政治状況も安定してきたため、山の上の要塞に住む必要がなくなって平野部分に引っ越してきたわけです。
世界遺産となっているレジテンツも司教領主の宮殿として建設されました。

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ヴュルツブルク

ローテンブルク:ロマンチック街道

正式名称は、Rothenburg ob der Tauberで、街の西側の渓谷を流れているタウバー川の上部に位置している「ローテンブルク」を意味しています。 西側のタウバー川河畔からは、城壁に囲まれた地域を見上げることもできます。
ドイツ南部のバイエルン州に属しており、街の歴史は9世紀までさかのぼることができます。城壁に囲まれたローテンブルクの街は、誰もが心に思い描く中世の街並みがほぼ完璧な形で保存されているため、「中世の宝石箱」と称されています。
中世の街並みが残る 完成された「観光特化された街」ということもできます。

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ローテンブルク

シュバンガウ・フュッセン:ロマンチック街道

ロマンチック街道の終点の地、南側に隣接するオーストリア、その西のスイスに経由するルートで、陸路でドイツからスイスに向かう主要観光道路です。
ノイシュヴァンシュタイン城をはじめとする観光ポイントは、この主要移動ルート上にあるため多くの観光客が訪れる場所となっています。
ホーエンシュバンガウ城は、12世紀に築かれて荒れ果てていた城を、1832年にルートヴィヒ2世の父マクシミリアン2世が購入しました。そして4年ほどの歳月を費やし古城を改築し、夏の離宮、また息子であるルードヴィヒ2世の居城としました。
この地方、ホーエンシュヴァンガウ地方の「シュヴァンガウ」とは、「白鳥の里」という意味を持っています。古くから白鳥伝説が残るこの地をモデルとして、ワーグナーはオペラ『ローエングリン』を製作しました。『ローエングリン』は、「白鳥の騎士」と名付けられたローエングリンを主人公とした中世ドイツを描いた作品です。ホーエンシュヴァンガウ城にはこの地方の伝説にちなんで数々の中世騎士の壁画が描かれており、その中にローエングリンにまつわるの壁画も含まれています。また、音楽室にはワーグナーが演奏したピアノが置かれています。
このお城でのちに建築と音楽に破滅的浪費を繰り返し「狂王」というあだ名をつけられたルードヴィヒ2世が幼少期を過ごしました。ホーエンシュヴァンガウの白鳥伝説や城内のドイツ中世の騎士の壁画や中世の物語に大きく影響を受けたためなのか、ルードヴィヒ2世は王座についてから文学や美術にどっぷりとはまってしまい、バイエルンの経済を傾かせてしまいました。
ルートヴィヒ2世はノイシュヴァンシュタイン城の建築中、この城から進行状況を見ていたそうです。
いまでは、2つの城ともこの地方の大きな観光資源となっています。

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ホーヘンシュバンガウ城

古城街道

木組みの家が並ぶロマンチックな街を通って、古城から古城へ ─ 古城街道は、ネーミングが内容を表しています。ネッカー川とライン川の合流地点にある、格子状の都市マンハイムから黄金の都市プラハへと続く、標識が設けられた、全長約1200キロメートルのルートです。
正式な古城街道のサイトを参照すると、古城街道に含まれる都市や町・村の数は、合計で44に上ります。
街道では、ロマンチックな古城やメルヘンさながらの宮殿・居館が70以上もあります。さらに、中世の面影を残す街並みや修道院、様々な時代の宗教/世俗建築物、歴史的出来事の舞台になった場所、文化遺産の数々
も存在しています。
この地図においては、全都市を網羅してはいません。 対象となる3D画像がそろっている場所を取り上げて表示を行っています。

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古城街道