ピサ観光

ピサの地図

地中海沿岸から少し内陸側にあるピサの町は、ローマ帝国末期までローマの海軍基地となっていました。9世紀以降独立共和国となり、ジェノヴァ、ヴェネチアとともに地中海貿易により発展をしてゆきます。最盛期は12-13世紀で、最も美しい建築物が造られ、大学も開設されました。その後の盛衰を経て15世紀からは、フィレンツェのメディチ家の保護下に置かれることになりました。メディチ家は、この町で特に科学の分野で特別の配慮を行いました。ピサ出身の有名な人物は、科学分野の中興の祖とされるガリレオ・ガリレイ(1564-1642)で、トスカーナ大公のコジモ2世に保護されていましたが、地球の自転に関する理論展開において、宗教裁判所の弁明を求められ、70歳の時に自己の信念を否定することを強要されました。

ガリレオによるピサでの逸話は、史実の真偽は別として近代科学の発祥の場となったのは間違いないようです。
1つは、ピサ大聖堂で揺れるシャンデリア(一説には香炉の揺れ)を見て、振り子の等時性(同じ長さの場合、大きく揺れているときも、小さく揺れているときも、往復にかかる時間は同じ)を発見したといわれています。ただしこれは後世に伝わる逸話です。
2つ目は落体の法則を発見した際に用いて実験方法で、法則を証明するために、ピサの斜塔の頂上から大小2種類の球を同時に落とし、両者が同時に着地するのを見せた、とも言われていますが、こちらも後世に伝わる逸話であるかもしれません。
しかしながら、ガリレオが示した科学に対する考え方:第三者が同一の実験を行なった場合に、結果を第三者に再検証させることによって、自説の正しさを証明するという手法は、現代でも使用されている有力な論証方法の一つです。

ピサの斜塔