甲信・南関東の百名山

美ヶ原

美ヶ原
美ヶ原は日本で最も広く高い高原で、日本百名山に数えられています。標高1800-2000の高原地帯から360度の眺望が楽しめる高原です。 ポイントとなる山々があります。 
日本のほぼ真ん中に位置しているので、晴れた日には北、南、中央の日本アルプスをはじめ富士山や八ヶ岳や御嶽、乗鞍、浅間、妙高などの山々が360度ぐるりと見渡せます。また、車で簡単に高原上まで登ることも出来、野外彫刻を展示する美ヶ原高原美術館などもあります。

下記の3D地図ではその展望が楽しめます。
3D地図:美ヶ原 clickすると360度 Viewが観賞できる3D地図が開きます
美ヶ原

2D地図も添付しています
こちらの地図では、美ヶ原の位置関係が把握できます。

霧ヶ峰

霧ヶ峰

北に位置する「美ヶ原」と少し似通った点がある霧ヶ峰ですが、異なる点を挙げておくと
標高が1600-1800mと 美ヶ原より約200mほど低い場所にある溶岩台地
湿原群生地があるため固有の植物を見ることができる。
アクセスは諏訪もしくは茅野からが基本(美ヶ原は松本市)

展望にすぐれた溶岩台地の山頂部分(複数峰があります:地図を参照)からは八ヶ岳、南アルプス、北アルプス、中央アルプスが見渡せる絶好の場所にある高原です。

霧ヶ峰を3D地図で表示 clickすると地図が表示されます。
霧ヶ峰

霧ヶ峰:2D地図も添付

八ヶ岳

八ヶ岳

八ヶ岳は、長野県から山梨県にまたがる山岳領域で、南北約25km、東西約15kmに及ぶ日本を代表する山岳峰が並びます。
これらは太古の火山活動によって誕生し、赤岳を最高峰に連なるその姿は、火山活動が連続発生し構成された山脈群であることがよくわかります。

「八ヶ岳」は特定の一峰を指して呼ぶ名前ではなく、山梨・長野両県に跨る山々の総称です。
単純に「八つ」の巨大な峰があるわけではなく、たくさんの峰が連なる山塊群を指しています。
そしてその領域の定義も下記のように複数存在します。
「夏沢峠以南のいわゆる南八ヶ岳のみ」
「南八ヶ岳及び北八ヶ岳の領域(蓼科山を除いた領域)」
「蓼科山まで含んだ八ヶ岳連峰全体」
日本百名山の定義では「八ヶ岳」南八ヶ岳のみを指しています。

上記のような状態は、3D地図をみることで良く分かります。
八ヶ岳を3D地図で表示 clickすると3D地図が表示されます。
八ヶ岳

2D地図も添付しておきます。
この地図は、必ず上部が「北」を向いています。

雲取山

雲取山
秩父と奥多摩の境にそびえる東京都の最高峰(2017m)
三峯神社は秩父側の登山の起点となる場所で、この神社名の「三峯」とは、雲取山、白石山、妙法が岳の三山で、かつては山岳修行者たちによる「山駆け修行」が行われた場所でもあります。
現在は、都心に近いこともあり四季を通して登山者が多い山岳地域で、登山コースも整備されています。

雲取山を3D地図で表示 clickすると3D地図が表示されます。
雲取山

雲取山:2D地図も添付

丹沢山
丹沢山は、「山」単独の名称であり、またこの地域の山域を構成する山塊群(丹沢山塊全体)を指しています。
標高からいえばそれほど、高い山々が連なってはいませんが。

丹沢山を3D地図で表示 click すると Google Earth が展開します。
丹沢山

地図がわかりにくいのは、
似たような高さの山が多いこと。
見通しがきくような目標物が存在しないこと。
地名(山の名前)の付け方に、位置がわかるような規則性がまったくないこと。
使われている漢字が難しすぎること。

従来の紙の地図(2D)のみで、登山されている方は、地形読みの能力が優れていると想います。
3D地図と2D地図を両方比べた上での単純な感想です。

丹沢山:2D地図を表示

天城山

天城山は個体の名称ではなく、伊豆半島中央部に連なる火山帯の総称です。 天城山の、その成り立ちが、他の山とかなり異なりますので歴史を振り返ることで理解することが増えてきます。

天城山を3D地図で表示 click すると Google Earth が展開します。
天城山

詳細な説明は伊豆半島の成り立ち:伊豆半島ジオパークを参照ください。

伊豆半島は、約2000万年前、伊豆は本州から数百km南、現在の硫黄島付近の緯度にありました。この頃の伊豆は深い海の底で活動する火山の集合体(海底火山群)でした。現在の北海道・東北が乗っかっている「太平洋プレート」と呼ばれ、この巨大なプレートは、伊豆半島が乗っている「フィリピン海プレート」の下にも沈み込んでいます。
沈み込む際に、巨大な摩擦現象によって、伊豆半島になる大地の源、マグマを供給していました。
一方、フィリピン海プレートは、本州(西日本:信州から九州まで)がのっている「ユーラシアプレート」の下に沈み込みます。
フィリピン海プレートの上にできた海底火山や火山島はプレートとともに北に移動しました。100万年ほど前に本州に衝突。陸地同士が海を埋め、現在のような半島の形になりました。
これが約60 万年前のできごとです。
伊豆半島となってから約20万年前までは、陸上のあちらこちらで噴火が起き、天城山や達磨山といった現在の伊豆の骨格を形づくる大型の火山ができました。

天城山は、上記のような歴史を経て形成されました。 
これらのような列島構成の考え方がまとめられ、地質分析などによりその考え方が検証されるようになったのは、意外と新しく最近150年位のことです。

天城山:2D地図を表示