クレムリン(モスクワ)

クレムリン 地図

クレムリンとは固有名詞ではなく「城塞」を表す言葉です。ロシアにおける「城塞」は、河川に面した高台に建設されることが多く中世都市の多くはクレムリンを備えていましたがが,多くの都市の中で、モスクワの「城塞」は最も重要かつ有名でなものです。 内部にはさまざまな時代の宮殿や聖堂があり、開設されたのは11-12世紀ごろといわれ,15世紀後半イワン3世 (大帝) のときにイタリア人建築家の指導のもとで,ルネサンス風に全面的に改築され,ほぼ今日の規模の「要塞」となりました。 城壁は延長 2.25km,高さ5-19mで,20の城門と塔があります。
1712年に首都がペテルブルグに移ってから発展は一時中断されていました。 さらにナポレオン1世のモスクワ占領によって一部が破壊され,大きな損害を受けていましたが,その後再び修復されクレムリン大宮殿や武器宮殿などが建てられました。 ソ連の革命後はソビエト政府の中心となり,ソ連時代にはソ連邦最高会議やソ連邦閣僚会議がここにおかれ,クレムリンといえば,ソ連政治の代名詞でした。
ソ連邦崩壊後でも,ロシアの首都モスクワのクレムリンは政治の中枢部に変わりありません。

しかしながら、地図内にあるクレムリン内部の建物は、あまりよく知られているものはなく、モスクワの象徴となる景色や建物は、クレムリン北側の「赤の広場」に面する場所に揃っています。

対岸からのクレムリンの眺め

クレムリンは巨大な城塞で、全部を見渡せる展望所はなく、やや離れた河の対岸から全容を眺めることができます。

赤の広場

モスクワのクレムリンは大変有名な箇所ですが、写真やテレビ等で見慣れた景色は、その北側の「赤の広場」周辺にあります。この赤の広場に面したクレムリンこそがモスクワの象徴です。

ワシリー寺院(ボクロフスキー聖堂)

ロシアにある聖堂の中でも最も有名なもので1560年に対モンゴルの戦勝を記念してイワン雷帝によって建てられた赤の広場に面する聖堂です。

国立歴史博物館とグム百貨店

赤の広場に面して建つ、国立歴史博物館は、ロシア帝国(ロマノフ王朝)末期までの歴史を展示。ロシア革命以降の歴史は現代史博物館となります。 

グム百貨店

ロシア革命後の1921年に創設された建物で、国営の百貨店としてソ連邦の商品の展示場であった場所。現在は外資系のブランドショップが中心で、外国語の案内も多い百貨店。