ホーチミン

ホーチミン 地図

ベトナムの最大都市で、首都ハノイがベトナムの政治の中心なら、ホーチミンは経済の中心地です。
街の起源は新しく、三百年前は荒れ地でした。今では市街地が広がっている一帯は、もともとは沼地であり、ベトナム人が入ってくる何世紀も前からクメール人が住んでいた場所でした。 カンボジア支配のなかで、北部地域のベトナム内戦から逃れたベトナム人難民を受け入れてゆくうち、定住者が増加。タイとの戦争により弱体化したカンボジア王国はベトナム人入植を妨げることができず、この一帯はゆっくりとベトナム化が進み、やがてサイゴンと呼ばれるようになりました。
その後、1859年にフランスによって占領され、1862年のサイゴン条約で 阮朝はフランスによる支配を認めました。その際にサイゴンは開港し、1887年に成立したフランス領インドシナのもとで急速に発展することになります。ベトナムがフランスにより植民地として占領されている間、この街はフランスの影響を受け、数多くの西洋風の建築が造られ、サイゴンは「極東の真珠」、「東洋のパリ」 と呼ばれることになりました。
1954年のジュネーヴ協定によりベトナムが公式に北ベトナム(ベトナム民主共和国)と南ベトナム(ベトナム共和国)に分断されると、アメリカ合衆国の影響下でゴ・ディン・ジエム大統領に率いられた南ベトナム政府は、引き続きサイゴンにその首都を置いて北ベトナムと対峙していました。
1975年4月30日にベトナム戦争が終結すると、この街はベトナム人民軍の支配下に置かれ、その後、社会主義体制を望まない多くの市民が逃れたため、周辺国への難民が多く発生しました。
1976年、ベトナム社会主義共和国が成立したことにより、サイゴンの街(チョロンを含む)は近隣の州の統合を経て、独立戦争の指導者ホー・チ・ミンの名を冠したホーチミン市となりました。
現在、ベトナムの大きな経済通商の中心であり、巨大なビルや貿易センター、事務所、娯楽施設、高級ホテルなど多数が建てられています。

ドンコイ通り

観光客のためのショップやレストラン、航空会社のオフィスなどが集中している繁華街。観光ポイントも付近に集中している。フランス統治下で建設されたオペラ劇場(南ベトナム政府は議事堂としても利用)も見どころです。

ブイヴィエン通り・デダム通り

ホーチミン市で安宿が集中している地域。外国人観光客向けの旅行代理店やカフェ、レストランなども多い。

マリア教会(サイゴン大教会):中央郵便局

マリア教会(サイゴン大教会)
19世紀末のフランス植民地時代に建設されたカトリック教会で外部はロマネスク様式でレンガ造りの美しい建築物。
中央郵便局
19世紀末のフランス植民地時代に建設されたフレンチスタイルの外観を持つの美しい建築物。内部はアーチ状の天井と正面の壁に巨大なホーチミンの肖像画が掲げられている。

サイゴン スカイデッキ

市内で一番高いビル49階の展望台:ビルの名前は「ビテクスコ・フィナンシャル・タワー」 無料

スカイデッキからの俯瞰

ホーチミンの街が見おろせます。